西岡常夫師範の杖を語る
                                                  石 田 博 昭

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西岡常夫泰法師範は、平成26年2月8日ご逝去されました。 90歳。
生前のご厚恩を深謝し、慎んでご冥福をお祈り申し上げます。
( 平成26年2月25日記 )

西岡常夫師範は、清水隆次先師が亡くなる前に「このままでは自分は唯の棒振りを作っただけとなる」「杖は生きて居る」「何とか生きた杖を伝えて欲しい」と語られたお言葉を継承すべく「清隆會」を結成し、齢80歳を越える今尚、身を以て後進のご指導に当られて居ます。
その先生の遣われる杖について、私なりの所感をここに述べさせていただきます。

平成20年2月1日記


1、 は じ め に

昭和60年5月9日に濱地光一師範が帰幽され、生前何度か「若し、自分に何かあったら西岡に就け」と申されましたが、「先生は未だ70歳、ご尊父・天松翁は90歳まで生きられたのですから、まだまだ20年は大丈夫ですよ」とお答えして居りましたのは全くの不覚、かくも早くご他界されるのなら、あれもお聞きしておきたかった、これも習っておきたかったと後悔の念一入でした。
然し、先生が後事を託されるお方なら間違いは無いと考え、ご子息・濱地光男師範に御願いして、爾後の師として西岡常夫師範にご指導を御願い申し上げるに至りました。
又、それが濱地光一先師のご遺志に随うものであり、それ以外に道は無いと信ずるものであります。

ところが、西岡常夫師範に就いて暫らくすると、杖道界のいろいろな事情を耳にするようになりました。
最も大きな問題は西岡師範に対する誤解・中傷です。
「西岡は免許を持って居ない」「清水先生は西岡に免許など出さなかった」「西岡は五夢想を習って居ないから、免許皆伝ではない」「西岡の杖道の経歴にブランクの期間がある」「西岡に就いて居たら八段は通らんぞ」などと言うものでした。

然し、濱地先師が指名された方がそのような方とは思われず、只管、西岡師範を信じ、その杖と理念を学び・修め続けて現在に至って居ります。
幸い、平成8年に濱地光男師範より免許を戴き、更に西岡師範よりも免許及び五夢想を伝授され、免許皆伝者として流儀の末席を担う立場となりました。

この間、前述の問題に就いて西岡師範に率直にお尋ねし、諸点に就いて明確にお答えを戴きました。
一部巷間に噂される西岡師範に対する誤解・中傷は、何如に荒唐無稽なものかと言うことを、ここに先ず記して事実を確認致したいと思います。

@「西岡常夫師範は清水隆次先生から免許をもらって居ない」と言う誤解に対して

これに就いては、実際に西岡師範に清水隆次師範からの免許状を拝見させて戴きました。
間違いなく昭和47年4月に清水隆次師範から西岡常夫師範宛に発行されたものです。
西岡師範の免許状
 

A『西岡常夫師範は免許皆伝ではない。五夢想を習って居ない』と言う誤解に対して

西岡師範は「昭和50年5月、京都にて清水隆次克泰先生・乙藤市蔵勝法先生のお二人から五夢想の杖五本〈秘伝〉を伝授され、免許皆伝を許される」と、そのご経歴にある如く、正式な免許皆伝者です。
ある人は「西岡はその場に居ただけだ。伝授は受けて居ない」などと申されて居るそうですが、凡そ武の世界に於いて、究極の技は「見せることは教えること」と言うのは常識であり、その場に居たことは教えられたことになると思います。
ましてや、免許を授けた者に対して同席を許すと言うことは、伝授したこととなるのは当然のことでしょう。
これは、乙藤市蔵師範と西岡常夫師範との往復の全書簡を拝見させて戴きましたが、確かに乙藤先生も認めて居られます。

清水隆次・乙藤市蔵師範より、五夢想を伝授された折の記念写真
後列左より、広井常次・米野光太郎・西岡常夫の各師範

実際に、西岡師範より五夢想を伝授されて見て、僭越ながら、これは間違いないとの感が致します。
この五夢想の杖と太刀の遣い方を心得てこそ、神道夢想流杖の正しい打太刀と仕杖を示すことが出来ると思います。

B『西岡常夫師範の杖歴に10数年のブランクの期間がある』と言う誤解に対して

西岡師範は、昭和13年に清水隆次師範に入門されましたが、ご修行の当初から常に清水隆次師範のみと稽古して居られました。
全剣連杖道(当初は全剣連制定形)制定当時も直接関与はして居られませんでしたので、そのような噂も流されたかとも思われますが、神道夢想流杖に関してブランクの期間は全くありません。
つまり、10数年のブランクがあると言って居る人は、全日本剣連連盟杖道に関してのことであり、神道夢想流杖に関しては当てはまらないと思います。
このことは、逆に全剣連杖道に影響されて居ない、純粋の神道夢想流杖の伝承者であることの証明にもなります。
又、範士八段を授与されながら、全日本剣道連盟から身を引かれたのも、全剣連杖道の変貌を憂い、清水師範の杖を教え、伝えんとの強い想いからとられた行動です。
更に、ブランク云々と言うことよりも、西岡師範の杖と剣の技量と境地が、現在如何なるものかと言うことの方が重要であり、この問題は本末転倒の偏見だと思います。
批判する前に一度、西岡師範の技を謙虚に学ぶべきでしょう。
将に「目から鱗が落ちる」真の神道夢想流杖にめぐり会えるものと確信します。

では、次に西岡師範の神道夢想流杖について所感をのべさせて戴きます。


2、西岡常夫師範の杖を語る

@引落打について     平成20年4月1日記

西岡常夫師範は常々「自分はいつも清水隆次先生の杖がどうであったか。どう遣われたかを教え、伝えたいと願うのみである」と申されて居ますが、その西岡師範の遣われる杖は、現在の杖道界にあっては異色のものであり、或いは異端とも評価されて居ます。

然し、そのご存在は杖道界ならず武道界全体にとって、非常に貴重な宝とも言えるものなのではないでしょうか。

何故なら、その遣われる杖の打ち筋、太刀の太刀筋こそは、日本剣術の祖流・神道流剣術の太刀筋をみごとに伝えて居ると思われるからです。
この太刀筋は、今や現代の武道界において、凡そ忘れ去られてしまったのでは無いかとさえ思わせるものですが、西岡師範はそれを将にそのまま生きた技として、神道流剣術・神道夢想流杖として体現して居られます。

その第一の例が引落打です。

神道夢想流杖の形で、最後に打太刀が仕杖に対して正眼に構え、仕杖が杖で太刀を打つ形が多く有ります。
この動作は何を意味して居るのでしょうか。

初心の頃は、唯、太刀を思いっきり打ってぶっ飛ばす技だと思って居ましたが、正眼に構えた太刀を打つことは、相手が素人であれば可能でしょうが、少し遣い手ならば簡単に外されてしまうことは、殆どの方が経験されて居ることでしょう。

実際、私も二十代の頃、或る剣道の先生に、中段に構えた太刀を打つのは、このように直ぐ外れるよと、何度も外されました。

その時、先師・濱地師範に尋ねましたところ、「太刀を打つから外されるのだ」とのお答えを戴きましたが、何分にも未熟極まりない時代、その意味も分らず、太刀が構えた瞬間を狙って打てば良いなどと、疑問を抱きながらも稽古を続けて居りました。

西岡師範の見解は見事でした。

「構えた太刀を打つのではなく、打太刀の切り下ろす太刀を切り落として勝つことを示して居る。これは一刀流では切り落とし、新陰流では合し打ちと言って居る」との解説でした。

これは、古い神道夢想流杖の形は、最後に打太刀と仕杖が上段で切り結んで終わる形となって居たと聞いたことと相通ずるものであり、稽古用の木刀ではなく、真剣若しくは刃引きを使っての形ではこの様になるのは首肯出来ることであります。

現在、我々が行なう木刀を使っての形では、この切り落としの稽古として、刀の試し切りと同じく、正眼に構えた木刀を打つことにより、切り掛かって来た太刀を切り落とす修練をして居るのであるとの西岡師範の見解は、将に当を得て居ると申さざるを得ません。これで、私の長年の疑問も晴れました。

確かに、この一打こそ究極の一手、一刀流も新陰流も、そして神道流も、またあらゆる流儀も、この一手の修練こそ一大事とされて来たはずです。

故に、この一打をこそ現代の杖道人は身につけるべきものであると提言します。

これなくして、生きた杖はありえず、清水隆次師範の杖に至ることは出来ないものと確信します。

然し、この一打を会得するまでには大変な修練を要します。

私自身、西岡師範に何度も何度も修正をして戴き、修理固成すること20年、不熟ながらやっと身についた感がする程度です。

この打ちは引落打ばかりでなく、本手打・逆手打においても同じ打ちを行ないます。

そして、鹿島神宮に伝えられたとされる兵家帳中の祕伝『龍虎二巻』と共に伝えられる「一│十卍◯(いっこん・じゅう・まん・えん)」の口伝も将にこれを教えたものであり、これは又、日本神道の祕鍵『布斗麻邇御霊(ふとまにのみたま)』の武術的展開であると言うことが出来ます。

神道流流祖・飯篠長威齋は鞍馬の武芸者が香取・鹿島両社参拝の途次、試合を挑み、その中で師と仰ぐべく達人の帰路を待って教えを受け、修行惨憺の末、開悟され一流を立てられたと伝えられて居ますが、その元となったものは、鞍馬の武芸者から伝えられた鞍馬神伝の兵法であったろうと推測されます。

鬼一法眼から源九郎義経に与えられた免状巻物(筆者蔵)

その鞍馬神伝の兵法とは、鬼一法眼が当時、牛若丸であった源九郎義経に伝授したとされるもので、天眞正伝・天眞伝・天眞兵法と言われる日本神道の祕伝の体現なのです。

このことに就いては、拙著『本朝武道論』にも述べてありますが、後ほど詳しく申し上げたいと思います。

何れにしても、清水隆次先師の遺志を忠実に受け継ぎ、これを伝えんとされる西岡師範の技は、この神道流の太刀筋を正しく伝えるものであり、これなくしての神道夢想流杖はあり得ないと思われるのですが、如何でしょうか。

次に、その打ちの筋について述べてみたいと思います。


A打ちの筋について    平成20年9月1日記

「神道流の太刀筋とはどのようなものであるのか」

この疑問に対する答えは、現在伝えられて居る神道流系の太刀筋をよく見てみることで知ることが出来ると考えました。

そして、自分自身でも新陰流(柳生厳周伝)・九鬼神流・法典流の剣を学び、更に天眞正伝香取神道流や馬庭念流・直神影流など古流の剣を見てみました。

その答えは「常に太刀の陰に隠れて技を行なう」ことにあると理解しました。

この過程で、伝承の途中で断絶して再復興した流儀はこれが失われて居ることや、この理が失伝したと思われる流儀が何如に多いかと言うことも痛感致しました。

この「常に太刀の陰に隠れて技を行なう」ことは、常に身命が懸かって居る実戦に当っては必須のことであり、これなくしては危なくて技を行なえるものではないと考えます。

現在、神道夢想流杖に併伝されて居る神道流剣術に於いても、この「常に太刀の陰に隠れて行なう」ことは当然であると思うのですが、そのように遣って居る方は寡聞にして西岡師範以外、見たことがありません。

このことから、神道夢想流杖の母胎である神道流剣術が現在既に本来のものからかなり隔たったものになって居る以上、その延長線上にある神道夢想流杖もまた同様であると思わざるを得ません。

では、どのような筋で行なうのが本来の太刀筋なのかを杖について考えてみたいと思います。

神道夢想流杖の打ちには、本手打ち、逆手打ち、引落打ちの三つがありますが、その動線は手の内の違いこそあれ(手の内については後述します)全て同じです。

例として、引落打ちについて西岡師範の動きを述べます。
引落しの構えです。
引落しの構えから杖を振り上げたところですが、体は正対し、左手は正中(大凡、乳の高さ)にあります。

杖は左手を中心に大凡45度傾斜して居ます。これが大切なところで、ここで杖を立ててしまうと杖の陰に隠れて打ちを行なうことが出来ず、単なる打つのみの動作になってしまいます。

ここからそのまま、45度に切下すように打ち下します。
杖先は相手の鼻先を必ず通ることが大切です。

体は45度左向き半身になって、杖は相手に30度位の角度で打ち込んで居ます。
この時、杖の陰にわが身が隠れつつ、杖先は晴眼(眉間)を攻めて居ます。

これにより、自己を杖で守りつつ、相手の太刀を払い、相手の体を崩し、相手の気を挫くことが出来ます。これを三挫きと云いますが、この三つを同時に崩すところに杖の妙味があります。

これは新陰流の合し打ち、一刀流の一文字の打ちと同じ理合いです。

この時、相手は完全に気・剣・体が崩されて居ます。
上の動作に続いてそのまま切下します。
その後、右足を出しながら、打った杖の動線をそのまま元に戻って右本手に構えます。

如何でしょうか。

本手打ち、逆手打ちも同じ動線を通ります。

この一見単純に見える打ちですが、西岡師範及びその教えを受けた方以外、これを行なって居る方は見当たりません。

この打ちこそ、清水隆次師範が伝えたかったものであると西岡師範は常に申されて居ます。

一般に行なわれて居る全剣連杖道は現代剣道(竹刀競技)の影響を少なからず(かなりかも)受けて居り、この動きを主として身につけた方の杖術は、神道夢想流杖を行なう時でも、形は同じ様に行なっても、その刃筋(杖も刃筋を意識して遣いますが、これに就いては後述します)が異なって居る為、かなり異質のものになって居る可能性があります。

実際、ある古流剣術家から神道夢想流杖を習ってみたが面白いところが無かったと云われた折、その理由を聞いて見たところ、動作の順番のみで、剣術に一番肝心な合し打ちや一文字の打ちの様な理合いが教えられて居ないことだと云われたことがあります。

西岡師範は常に、本手打ち、逆手打ち、引落し打ちが最も大切で、その合し打って勝つこと、これこそが杖の極意だと申されて居ますが、将にその通りであると思います。

そして、この「常に太刀の陰に隠れて技を行なう」その打ちを西岡師範は見事に体現して居られます。
全く無駄な力が抜け、どこにも力みも無く、唯すらすらと行われる熟練の動きはまさしく米国人の或る門人がa saint(聖者)と賛嘆した程です。

その西岡師範の動きをよく見てみますと、肩甲骨と胸郭の開合の動きをごく自然に使われて居ることです。

神道夢想流杖64本の最後の形は「あうん」ですが、この「あうん」、つまり「あ(阿)」の開、と「うん(吽)」の合とを身をもって示して居られるとも云えます。

この西岡師範の動きは、単に打ちのみに留まらず、杖の全ての動作に於いて展開されて居ます。

返し突、逆手突、巻落し、繰り付け、繰り放し、体当り、突外し打ち、胴払い打ち、体外し打ちなど、基本技に於いても全て自然に肩甲骨と胸郭の開合が行われ、無理なく技を行なって居られるのは実に70年に亘る修錬の賜物と敬服せざるを得ません。

何と云っても現在の杖道界では最長老の師範です。心ある方は是非、西岡師範の動きを一度ご覧になり、謙虚にその教えを受けられることをお薦め致します。


B手の内について    平成21年7月1日記

手の内に就いて、本手と逆手の区別を西岡師範は強く主張されて居ます。

これは、杖のみならず剣に於いても、又、あらゆる武器術に就いても共通の原理なのですが、現在の武道界をみてもこの区別を明確にその技を行なって居る方は非常に少ないと思われます。

神道夢想流杖に於いても、最も大事な基本技に、本手打ちと逆手打ちがありますが、この区別をはっきりと認識して遣われて居る方は清水隆次・乙藤市蔵両師範門下の師範では、残念ながら西岡師範以外見たことがありません。

神道夢想流杖の母体は神道流剣術ですから、丸い杖を遣っても当然、刃筋を意識した手の内になるのが正しいと思われるのですが、それを意識した遣い方が忘れられて居るのが現状です。

たとえば、一般には本手打ちと逆手打ちの違いは、前の手の持ち方を替えただけの遣い方を行なって居ます。

然し、本手打ちと逆手打ちは前の手も後ろの手も手の内が違うのです。

これでは、折角の神道夢想流杖の微妙な遣い分けは不可能です。

下の写真を見てください。

これが本手の持ち方

両手とも両掌の生命線に沿って握られて居ます

調理人が包丁を捌く時の手の内

柔らかく自由に遣うことが出来る

柔らかく伸びのある自在な打ちを行なう
これが逆手の持ち方

両手とも両掌の頭脳線と感情線に沿って握られて居ます

体操選手が鉄棒を握る時の手の内

強靭な遣い方をすることが出来る

強く重みのある強靭な打ちを行なう
本手は両手とも両掌の生命線に沿って握ります。


逆手は両手とも両掌の頭脳線と感情線に沿って握ります。
繰り付けの構えも、前の手は本手、後ろの手は逆手となります。


前の手を額に着けた方が杖先に力が集めやすくなり、手のみでなく、身体全体での技を行なえるようになります

これを清水隆次師範は、西岡師範に何度も何度も繰り返し教えられたそうです

現今では、この遣い方は全く忘れ去られて居ます

繰り付け・繰り放し・体当に就いては、別に述べます
如何ですか。

本手は、料理人が包丁を遣う時の手、職人が槌を打つ時の手であり、手首を柔らかく自由自在に使います。
逆手は、物を持ち上げたり、鉄棒につかまったりするときの手で、手の内を固定した強靭な使い方をする時の手です。

本手の時は、両手の親指と中指が結び合わされ輪を作ります。
逆手の時は、両手の親指と人差し指が結び合わされて輪を作ります。

これは、瞑想の時と同じ手の遣い方です。

柔らかく自然な心を甦生したい時は、親指と中指を結んだ手印を組みます。
強靭な精神や堅固な意志を固成したい時は、親指と人差し指を結んだ手印を組みます。

指の組み方で意識の状態が変わることは、古来から神道や密教などで知られて居り、これを使用する法が神道では凝手組(こりてくみ)若しくは御手業(みてわざ)、密教では手印として伝えられ、重要な要素とされて居ます。

神道夢想流杖は、木で作られた杖を以ってこれを行なって居ると考えられます。

即ち、杖遣いは、本手の柔、逆手の剛の手の内を自由に遣い分けることにより、その意識を千変万化の自在境に置くことが出来るのです。
そして、その意識から繰り出される技が、神道夢想流杖の見事なまでに洗練された動きとなって居るのです。

この本手と逆手の秘密、これを知り、これを行なうことの大切さは、なんと仏像にも表現されて居ました。

今年(平成21年)の春、奈良に行き、法隆寺の阿弥陀三尊像を拝観したところ、中央に阿弥陀如来、左右に観音菩薩と勢至菩薩が並んで居ました。

中央の阿弥陀如来は一切衆生を済度する悲願を示し、その悲願を現実にする為に左右に観音菩薩と勢至菩薩を従えて居ます。
その観音菩薩は慈悲を、勢至菩薩は智慧を表わすとされて居ますが、その手を見てみると、観音菩薩は親指と中指を結び、勢至菩薩は親指と人差し指を結んで居ます。

これを見た時、思わずドキッとしました。

この仏像は、鎌倉時代 貞永元年に作られたものだそうですが、その当時、既に全ては本手と逆手にあることを示唆し、精神と身体の操作は指の遣い方にあることを教えられて居たとすれば大変なことであり、又、ある天台密法系の祕流武術も全て手印の操作、指一本一本の動きで自他を制御することを思えば、恐らくそうであろうと思われました。

観音菩薩の慈悲は宇宙意識の自由自在の働きであり、勢至菩薩の智慧は信念による不退転の金剛力を表わします。
この慈悲と智慧の教えは、杖の伝書に「疵つけず 人を懲らしていましむる 教えは杖のほかにやはある」と言う理念と同じものです。

故に、本手と逆手の遣い分けは、単に技術のみならず、その背後にある人間の精神・霊性にまで影響を与えるものであることを知る時、これをないがしろにした杖術は何如に低級なものであるか自ずと判ると言うものです。

流祖・夢想権之助勝吉が神道夢想流杖と名付けられたその真意義を考えれば、最も大切なものの一つである本手と逆手の遣い分けをしっかりと意識して稽古しなければならないと痛感します。

そして、これを続ける時、やがて祕伝「五夢想」の示す天眞正の祕密を開悟し、神道夢想流杖とは単なる術のみに留まらず、『神道夢想流杖 初目録』に記されて居る如く、日本神道に伝える伊邪那岐命伊邪那美命二柱御祖神(いざなぎいざなみふたはしらみおやのかみ)の天沼矛(あまのぬほこ)の神事であることも理解出来るものと思われます。

その為の指標をしっかりと示される西岡師範の杖は将に絶品と言えるのではないでしょうか。


C繰り付け・繰り放し。体当たりについて 平成22年1月記

西岡師範の杖の特徴は、その奇異とも言える繰り技の構えでしょう。

この構えは清水隆次師範直伝の構えなのですが、この形をとる方は西岡師範以外見当たりません。


私も25年以上前、先生からこの遣い方を示された時、これまで行なってきた遣い方と異なって居た為、正直違和感を覚えました。


そこで先生に「一般的に行なわれて居る方法とは違うのですが」と質問したことがありました。
その時、先生は「清水先生から私はこのように教わった。前の手を額に着けるのは、そうすることに依って、額を支点にして杖を角の様に遣うことが出来る。現在はこの遣い方をして居る人は居ないので、是非これをしっかり覚えて欲しい」と申されました。

そう言われてみれば、それを信じて行なうのみと、その通り行なって見ると成る程、先生の言われる通りで実に理に適って居る遣い方であることが判りました。

こんなに素晴らしい遣い方なのに、何故もっと一般的に普及しなかったのかと残念に思いましたが、恐らく清水隆次師範は身長が低かったので、身長差のある人と稽古をする際、額に手を着けることが困難な為、頭上に手を上げて遣って居られたことと、教える相手により違う教え方をされて居た為だろうと勝手に解釈して今日に至って居ます。

勿論、頭上に手を上げて遣っても、前の手を支点にして遣うことが出来れば問題はないのですが、前の手を額に着けた方がより確実に技が行なえるのも事実です。

然し、実際にこの遣い方を習得するのは結構難しい為、西岡師範門下でもこの遣い方を習得されて居る方は少なく、自然と現今行なわれて居る両手を頭上に上げて行なう方法を行なって居るように思われます。

扨、この構えから、繰り付け、繰り放し、体当たりの技に入りますが、神道夢想流杖に於いて、繰り付けの技は、表の太刀落し・鍔割・引サケ・霞の繰り付け、中段の一力・押詰・待車・真進・横切留の繰付け、乱合の繰り付け、影の着杖・引サケ・笠の下の繰付け、五月雨の一文字・十文字の繰り付けがあり、繰り放しの技は乱合・五本の乱、体当たりの技は表・中段・奥の技に見ることが出来ます。

先ず、基本の繰り付けに就いて述べて見たいと思います。


一、繰 付 け ( 基本動作 )

前から見た動き 横から見た動き

常の構えから体を左に捌き、左手で杖先を取る。

これは古くからある動作で、先ず太刀を躱し、同時に手甲を打つ技法は神道夢想流杖の特徴であると言えます。

現今、この遣い方は古流の中でも行なって居ない場合も見受けられますが、これが本来の遣い方だと西岡師範は申されます。

この打太刀の手甲を下から打つ動作の後、杖先を相手の目に付けます。
打太刀の手甲を打ったところ。この後、直ちに杖先を相手の目に付けてゆきます。
杖先を相手の目に着け、相手を攻めます。

以前、乙藤市藏師範に全剣連杖道と神道夢想流杖との違いに就いて伺ったことが有りますが、その際「何も変わって居ない。唯、全剣連杖道は普及する意図もあるので、手甲を打つことと、杖先を目に着けることの二点を変更し、杖は太刀の中柄に入り、杖先で目を攻めない様にすることを全剣連杖道制定の折、清水隆次師範より提案され同意したのみであり、あとは神道夢想流杖のままである」とお答え戴いたことがあります。
次に、左肘を下へ下し脇を締め、杖の影に隠れるようにして杖先を円錐状に動かして繰り付けます。
こうする事によって、太刀に切り込む隙を与えなくすることが出来ます。

ここから実際には、杖先を跳ね上げて相手の顔面を攻める動きが隠されて居ます。
次に、逆手に構えます。
前の手を取り直します。
前に出て常の構えとなります。

この繰り付けの際も、前述の如く、常に杖の蔭に隠れて技を行なうと言う神道夢想流杖の原則通りの動きを行ないますが、西岡師範は手先の力で行なうのではなく、肩・肘をらせん状に上手く遣うことに依り、相手の太刀に切り付ける暇を与えることなく、気・剣・体を崩して円錐状に繰り付けてしまわれます。

この動きは、杖で行なう(やわら)の技であり、力任せに行なったのでは相手に抵抗され技は掛りません。

柔の技と言うのは全て「柔能く剛を制す」と言われる如く、こちらの身体は柔らかくして置いて、相手が力を入れたり逆らったりするところに随って技を行なうもので、争ったり戦ったりすれば自ずから破れてしまうことを相手に知らしめるものなのです。

そして、これを杖で以て行なうのが繰り付け・繰り放し・体当たりの技ですが、杖と言う得物を持って居る分、数段難しくなります。

上掲の基本の繰り付けは表の形で遣われる繰り付けですが、これ以外に中段や影・五月雨などの繰り付けの技も、常に杖の蔭に隠れて技を行なうことと、円錐状に繰り付けることに依って、打太刀に切り込む隙を与えないことは全て同じです。

又、中段の繰り付けでは、一力・押詰の繰り付けと、真進の繰り付けとは遣い方が異なることに就いても西岡師範は明確に示されます。

一力・押詰の繰り付けでは、繰り付けの構えに入った後の動きが乱合・真進とは異なります。
身体を左方にそのままの姿勢で移動し、杖先を打太刀の中柄のところまで移動させます。

西岡師範は、この身体を左方に移動させる動作が重要な動作であり、若き頃、清水隆次先生から何度も何度も稽古させられたと話されます。
そこから体を相手に向け、杖先が相手の正中を通りつつ水月に着けるように繰り付けます。

この繰り付けは、今は西岡師範以外見たことがありません。

そのことに就いて西岡師範に伺うと、恐らく皆学び損ねて居るのであろうと申されました。

又、真進や乱合の繰り付けでは、身体をそのままにして左方に移動させることなく、相手の両手首を柔らかく制しながら下腹に着くように繰り付けます。

そして、繰り付けた後、必ず杖先で相手の顔面を攻めますから、打太刀はこれを避ける為、必ず外側の足から下がり、杖の攻撃を避けることを西岡師範は常に申されます。


二,繰り放し

次に繰り放しの技に就いて述べて見たいと思います。

中段・乱合で遣われる繰り放しの技も、杖で行なう柔の技であり、打太刀の手甲を下から打つ動作の後、杖先を相手の目に着け、打太刀を我が左前方に崩して、放り投げる技です。

ところが、現在はこれを相手の後方に繰り放す様に遣って居る人が殆んどです。

然し、私も40数年前、濱地光一先生にご教示戴いたのは、相手の右後ろ、つまり、我が左前方に繰り放す方法でした。

繰り付けの構えから、繰り放しに入る前の姿勢。
左脇を締めつつ左肘を落とし、右手を左前方に送りつつ手幅をやや狭めることを同時に行ない、左前方に繰り放して居る姿勢。

この時、杖先は相手の頭上より下げないようにします。

これが、いつの間にやら相手の真後ろ、我が前方に繰り放す様になってしまい、それが現在では一般的な方法となって居ます。

私もご多分に洩れず、いつしか相手の後方に繰り放す方法をとってしまって居ましたが、25年程前、西岡師範から繰り放しを教えて戴き、濱地師範から最初にご指導戴いたことを思い出しました。

よく考えて見れば確かに、打太刀の動きからして、相手の後方に繰り放すのは無理があり、やはり我が左前方に崩す方が柔の理からしても無理がなく、且つ理に適って居ます。

何故、現在の様になってしまったのか、多人数で稽古する際、隣とぶつかってしまうことを避ける為からなのかは不明ですが、やはり繰り放しは我が左前方に放るのが古来の方法だと西岡師範は申されます。

勿論、五本の乱の繰り放しは相手の後方に崩す遣い方をしますが、これは中段・乱合の繰り放しとは別の体当たり的な遣い方をします。


三、体当たり

繰り付けの構えから、体当たりに入る前の姿勢は同じです。
そこから相手の太刀を摺り上げるようにして、相手を上方に崩します。

この時、下の手は相手の水月、上の手は顔面の高さとしますが、未だ相手の身体に触れて居ません。
右足を少し踏み込みながら、先ず下の手で相手の水月に当て込みます。
次いで、上の手で相手の顔面を当て込むようにしながら、相手を後方に飛ばします。
逆手の構えとなります。
前に出て、常の構えとなります。

以上が、西岡師範の体当たりですが、相手の太刀を摺り上げて崩した後の当てが二度当てとなって居ることが大切です。

人間の身体と言うものは、一度の当てに対しては防御反応が可能ですが、連続した二度の当てには防御反応しにくいものです。
これは古流の体術などに当身の口伝として残って居ますが、神道夢想流杖はこれを杖で以て行なって居るのも、その奥の深さが窺われると言うものです。

以上、西岡師範の繰り付け・繰り放し・体当たりに就いて述べましたが、これらの技を明確に体現される西岡師範の杖を我々後進は大切にしたいと思います。


D返し突きについて  平成22年2月記

西岡師範の杖の特徴にもう一つ、返し突きの足が有ります。
この足捌きも神道夢想流杖の大切な足遣いだと西岡師範は申されます。

本手の構えから杖を返したところ。

体は真横を向き、両足は小趾側で立って居ます。
上の足の部分を拡大したところです。

両足を交叉させ、ジャッキの様に柔らかく遣うのだと西岡師範は申されます。

この遣い方も、体術から来る足遣いですが、現在、西岡師範以外やって居られる方は見当たりません。

この様に、古流武術には細かな口伝があるのですが、その意味も分からず、安易な動作に流れて行ってしまって居る現状を見るにつけ、古流の法が次第に消えて行く危惧感と、その伝承の難しさを感じます。

その思いから、この清水隆次先生から伝えられた素晴らしい杖を一人でも多くの方に学んで欲しいと、西岡師範自ら学ばれた神道夢想流杖の伝承を清隆會として托されたのです。


E後の先について  平成22年2月記

最後に、西岡師範が常に仰って居る「神道夢想流杖の技は常に後の先である」と言うことに就いて述べて見たいと思います。

凡そ、あらゆる兵法に於いて先に手を出すと言うことは、破れの原因を作る下策であり、先ず相手の動くのを待ってこちらが動くと言うのが定石です。

日本武道に於いても然りで、特に日本武道は「養正神武」と言って、むやみに戦いをせず、何度も何度も相手を言(こと)向け和(やわ)して説得し、それでも改めない非道なものに対しては、やむなく成敗する為の神事として武を行なったものであり、その場合でも常に相手を尊重し、「やあやあ、我こそは・・・」と自分の出自や姓名を名乗り、正々堂々と戦さをするものなのです。

これは相手を無暗やたらに暴力を以て滅ぼすのではなく、武を以て相手の身魂を正道に立ち返らせると言う神聖なる愛の精神、慈しみに満ち溢れた神武の神事を執行するものであると言うことが出来ます。

神武とは、おのれの欲望を満たす為に行なう暴力的戦いではなく、修身・齋家・治国・平天下の身魂齋(みたままつり)であり、弥栄の為の生栄(いくさ)のことを言います。

神道夢想流杖の目録にある道歌「疵つけず人を懲らして誡むる教えは杖の外にやはある」の精神もここにあります。

その為の実際の技として、決して自ら先に手を出すことなく、相手の仕掛けるのを待って後に技を出すと言う兵法の原則通りの法になって居るのです。

西岡師範は常に申されます。
「相手をよく見ること、相手が切って来るまで我慢すること、先に手を出さず相手が切って来てからこちらが技をだすこと、この三点を常に心掛けることが大切であり、そこに神道夢想流杖はあるのだ」と。

引き落とし打ちを例に取ってみます。

打太刀が切り掛かる機を仕杖はよく見ます。
打太刀の切り掛かるのに少し遅れて仕杖は動き出します。

然し、これが中々難しく、つい先に動いて仕舞います。

先に動くと、逆に太刀に乗られて切られてしまいます。
打太刀が我が身に届く直前に太刀の上に乗るように打ってゆきます。
打太刀の上に乗るようにして杖先を相手の目に付け制します。

この時、太刀は杖の左に外されて居ます。

これは、先に述べた新陰流の合し打ち、一刀流の切り落としと同じ理合いです。

(註) この写真は、わかり易くする為、間合いをやや遠くして演武して居ます。
神道夢想流杖では、本手打ち、逆手打ち、引き落し打ちの他、繰り付け、繰り放し、体当たりも全て後の先が原則です。

ジッと我慢をして、よく相手を見て、後の先の技を出す、この修練を只管繰り返す稽古を続けます。

この教えは、あらゆる日本武道に共通するもので、これを修錬する事により、何事にも動じない精神を築きあげることが出来ると思います。

そして、これこそが武道を修行する功徳であり、その精神を以て国家・社会の為に尽くすことこそ、武道の本懐であると信じます。

又、西岡師範は「打太刀は親であり、仕杖は子である。親が子を育てる慈しみの心を以て打太刀をするのである。決して、打太刀は自分の技量を誇って仕杖を切ってはならない。これは殺人剣である。打太刀を持ったら、親の位を以って仕杖に対しなければならない。そこに活人剣が生まれる。これが神道流の剣であり、神道夢想流の杖なのである」と申されます。

勿論、打太刀と仕杖が互いに切磋琢磨して修錬するのは当然のことですが、上に述べた心を以って稽古することで武徳と言うものが自ずと湧き出でてくるものと思います。

この武道稽古の大前提をしっかりと明示される西岡師範の神道夢想流杖は、将に国寳的価値があるのではないかと思うのですが如何でしょうか。


3、おわりに

以上、私なりの西岡常夫師範の杖に対する所感を述べて来ましたが、西岡師範は現代の古武道界にあっては大変貴重なご存在であり、その伝えられる神道夢想流杖は他の追随を許さない素晴らしいものであると確信して居ます。

我々後進は、先生の伝えられる神道夢想流杖を次代に伝えるべく、更に更に先生より少しでも学んで行きたいものと思って居ります。

そして、濱地光一先師がご遺言として申された「決してご流儀をけがすことのないよう」の箴言を旨とし、今後とも稽古を続けて行く所存です。

願わくは、同好の士の一人でも多からんことを祈りつつ本稿の結びとさせて戴きます。

平成22年2月7日記


4、未来に向かって

上述の如く、西岡常夫師範の伝えられる神道夢想流杖の技と心は、日本武道の至宝であり、これを将来に亘って伝承することこそ、これまで西岡先生にお導き戴いたご恩に報いるものであると考えます。

西岡常夫師範は、清水隆次先師が亡くなられる前に「このままでは自分は唯の棒振りを作っただけとなる」「何とか生きた杖を伝えて欲しい」と語られたお言葉を継承すべく、平成4年に「清隆會」を結成されました。

私の先師・濱地光一師範が他界された昭和60年(西暦1985年)以降、濱地先生のご遺言に従って、以後は西岡先生に師事致すこととなり、数年間は毎月、当地・名古屋にお越し戴き、濱地師範一門のご指導を仰ぎ、やがて隔月、そして年数回の先生との稽古と成りましたが、その際はいつも、私の治療院併設の道場にお泊まり戴き、日中の稽古の後も深夜まで、神道夢想流杖に就いて質疑応答をさせて戴いたことが懐かしく思われます。

西岡先生から捕繩に就いて教えて戴いた時のもの

平成4年(1992)6月5日


その間の先生との会話の中で、先生の「清隆會」設立のご趣旨に賛同し、小生の拠地、名古屋市に於いても、平成17年(西暦2005年)5月1日に第1回神道夢想流杖 清隆會 名古屋傳習會を開催して以来、平成22年9月5日の第11回傳習會まで、先生がご体調を崩されるまで、年数回は名古屋にご指導に来て戴きました。

第1回神道夢想流杖 清隆會 名古屋傳習會の折りの写真

(この杖と作務衣は私のものを使用して戴いて居る)


その後、濱地光男師範、冨田隆師範と共に、現在まで第17回に亘る公開稽古会を行って居ますが、その間、 国内各地からの稽古人の他、オーストラリアのグレッグ・クラーク氏、オーストリアのマーチン・トップリッツアー氏など、海外からの稽古人も参加し、多くの方々に西岡先生の伝えられる神道夢想流杖を体験して戴きました。

又、これを機に新たに入門された方も少なからず居られます。

オーストラリアのグレッグ・クラーク氏などは、西岡先生のお許しを得て私の門人となり、現在は皇武道塾のオーストラリア支部を担って居られます。

然し、西岡先生が齢90歳を迎えられる今、我々後進は、将来に亘ってこの火を絶やすことなく燈し続けることを真剣に考えなくてはならない時期に入ったと考えます。

先生は、ご自身の後継者として最終的に11人の後継者を残されました。

そして、それぞれが清隆會を名乗り、先生の意志を継承して欲しいと「私の願い」の一文を記し、その思いを託されました。

今ここに思う処あり、先生のご意思を継承すべく、私自身、その後継者の一人として、ここに先生から戴いた品々を僭越ながら記すことと致します。

西岡先生が、清水隆次先生から習われた神道夢想流杖術・神道流剣術・一角流十手術・内田流短杖術の手控え

平成7年12月11日附けで、先生の署名入りで戴いたもの
継承状

継承状

神道夢想流杖
二十五代清水隆次
克泰先生より相伝の
免許一巻を伝授し
御流儀を継承致候者也

平成十年六月吉日

西岡常夫泰法  (印) 

石田博昭殿
西岡先生が清水隆次先生から伝受された神道夢想流杖術の免許状
同上  末尾部分
昭和天皇の昭和21年1月1日の新年の『詔書』を昭和64年1月1日に写されたもの

敗戦後、国民と共に国を復興したいとの詔勅であり、日本精神の精華として、先生は昭和天皇を尊崇され、この詔書を大切にして居られた
上記の巻物を平成13年9月30日附で拝受
高尾筑仙作の漢詩を先生が揮毫されたもの  

これも平成13年9月30日附けで拝受
先生と二人のみで記録用に撮影した祕伝「五夢想」のビデオ

平成20年3月2日撮影
稽古着・袴 ( 「清隆會二代目・西岡常夫泰法師範」の刺繍入り )

平成22年3月 西岡先生より「かたみわけ」として頂戴する


(有)清隆會の登記簿と代表者印・株券・書類など一式

平成22年9月4日 西岡先生から委託される
西岡先生書翰

乙藤市蔵  濱地光一  棚谷昌美 望月治 の各師範との全書翰

特に、乙藤市蔵師範との書翰は重要

平成22年9月12日 西岡先生から委託される












 清隆會道場用にと書いて戴いた看板  











裏面

平成22年9月6日

西岡常夫泰法     
私の願い

一 西岡常夫は体調の衰えを認識し、清隆会に関する今後の活用を石田博昭氏に託す。


一 西岡常夫は石田博昭氏を継承者の一人として所有する杖道関連の資料及び映像等の権利を石田博昭氏に一切託するものとする。


一 清隆会の運営に関しては、三代師範が、それぞれ清隆会を名乗り、独立して活動することを望む。


  正当な三代師範は濱地光男、金田道雄、◯◯◯◯、◯◯◯◯、フィリップ・レルネック、パスカル・クリーゲル、石田博昭、新井克彦、渡部泰介、山田宏、橘田正美の十一名である。

(註) この順序は西岡常夫先生から免許を許された順である。また、○○となって居る方は匿名を希望して来られた方である。


一 西岡常夫の三代目後継者は 西岡の意志を充分に理解し、互いに争うことなく、活躍して呉れることを心より望む。


    平成二十二年九月十二日

      
        清隆会二代師範

                         西岡常夫泰法 (実印)


 この日、先生のご自宅にて奥様とともに 
(奥様は平成25年8月に帰幽されました。89歳。)



以上、これまで西岡先生から伝授された主なものを披露致しましたが、先生から戴いたこれらにも増して、私の中に刻み込まれた先生との稽古をはじめ、さまざまなお教えの記憶こそ、私の一番大切な宝物であると思って居ます。

そして、今後も濱地光一先師がご遺言として申された「決してご流儀をけがすことのないよう」の箴言を旨とし、清水隆次先生の言われる「唯の棒振りではない、生きた杖」を伝えるべく、西岡常夫泰法師範に次代を託されたものの一人として更に努めて行く所存です。


平成25年9月1日記



5、先師亡きあと 神道夢想流杖 愛清會 として 

昨年(平成25年)7月、心なき元門人(アメリカ人)が、小生に対する誹謗中傷文を世界中に発信すると言う事件が有りました。

小生は、事実無根のこと故、そのまま放置しておきましたが、昨年秋、ヨーロッパで一部の者が小生が「西岡先生の稽古着を盗んだ」と噂をして居ると言うことを耳にし、このまま放置して居たのでは、風評被害を招くとも限らず、事実を事実として、これまでの西岡先生との経緯や西岡先生から戴いたものを昨年12月に「4、未来に向かって」として公開致しました。

そのお蔭で、小生に対する風評もそれ以上拡大すること無く終息した半面、逆に小生が自己を誇示して居るのではないかとのとの意見も現われ、一部の方が「神道夢想流杖道清隆会」の名称を商標登録し、当方には遣わせないとの意向を示されましたので、西岡先生が神去られた現在、そのご遺志を鑑み、むやみに争うことを避け、当方は新たに「神道夢想流杖愛清会」として活動して行くことと致しました。

今後とも、名古屋の地で、西岡常夫先生の杖を大切に継承して行きたいと思います。

平成26年5月30日記


『 天真正伝神道夢想流 杖道求真 』 初刊のご案内


A5版103頁

定価 1800円

送料180円

平成27年9月1日発行

発行所  ブックウェイ

お申込みはこちらへ

は じ め に

私は、神道夢想流杖を、黒田藩杖術師範家の血筋であられる濱地光一師範に十七歳の時から学び、恩師のご逝去後、師のご遺志に従って、清水隆次師範門下の弟弟子であられた西岡常夫師範に就いて学ぶと云う、まことに有り難きご縁を戴いた。

そして、両師より〈生きた杖〉が遣える事が傳承者の使命であり、又、それを後世に伝える事が杖の中興の祖であられた清水隆次師範の悲願であったと承った。

その〈生きた杖〉の遣い手となる為、神道流剣術十二本・神道流杖六十四本の形の示す、真の剣と杖を求めて稽古すること、今日に至って居る。

本書は、先師から賜わった教えを元に、これまで自分が修めた諸流派の教えも加味して、常日頃の稽古の際に私自身が心掛けて居ること、門人に重要な留意点として繰り返し指導して居ること、又、その時々に気付いたことなどをつれづれに書き留めた平成二十五年に於ける約十か月間の「稽古日誌」を、門人の希望に応じ纏め直したものである。

この小著がいささかでも読者の参考となれば幸いである。

                                                                       
神道夢想流杖 免許皆傳
皇武道塾 塾長
                     石 田 博 昭 盛 山


目次

はじめに
1、稽古とは訓練に非ず摺り込みである
2、稽古は真似ることから始まる
3、形稽古こそ自由自在となる稽古である
4、稽古と言うものは全て自己責任である
5、見取り稽古の大切さを知れ
6、馴れ・弛(だ)れ・崩れを避け真剣に稽古せよ
7、何事もその勝れたる処を学ぶべし
8、基本に勝る奥儀なし
9、十文字勝ちに勝る勝ち口なし
10、最初にして最後は打ち込みの稽古である
11、常に杖に隠れて技を行なうべし
12、〈太刀落〉の形に秘められた教え
13、〈アウン〉の悟りを技に生かす
14、実伝でなければ伝わらない〈生きた杖〉
15、正しい技は手の内次第
16、技の如何は足にあり足こそ技の要なり
17、生きるか死ぬかは太刀筋にあり
18、無限に変化する八相の構え
19、親の心を以て打太刀をせよ
20、見えねども気迫を養え形稽古
21、残心の大事
22、抜刀は唯抜くに非ず常に切る心を持て抜くと知れ
23、小太刀こそ無刀捕りへの下稽古
24、〈卜伝一の太刀〉の遣い方を知れ
25、繰り付けの技を見直せ
26、繰り放しは相手の右後ろに崩すべし
27、逆らわず、相手に和すこそ極意なり
28、常に三挫きを心がけて技を遣うべし
29、気合いとは言霊であるその音力を身に着けよ
30、目付けは何処にも居着かず全体を捉うるべし
31、〈飾り〉は神伝武術の證である
32、神道夢想流杖の本懐は〈生きた杖〉を遣うことにある
33、併伝武術に就いて
34、天真正伝への道
35、ひたすら心を鎮めるべし
36、武徳を求めて
むすび




 以 上


【 注 本稿の一切の無断掲載・転載・引用を禁止します 】





第1回 神道夢想流杖 清隆會 名古屋傳習會 (2005.4.30) 記録映像@ (太刀の遣い方)

●第1回 神道夢想流杖 清隆會 名古屋傳習會消息(平成17年4月30日・5月1日)

●第11回 神道夢想流杖 清隆會 名古屋傳習會消息(平成22年9月5日)





【 第20回 神道夢想流杖 愛清會 公開稽古会 ご案内 】 

清水隆次師範より免許皆伝を許された杖道界の長老・西岡常夫師範の杖術及びその理念を学ぶ稽古會を下記の要領で開催します。

【稽古内容】
西岡常夫師範が伝える神道夢想流杖術の基本 及び 形。
杖の操作における本手と逆手の遣い分け、本手打・逆手打・引落打における杖の筋(動線)についての理解と会得を中心に、打太刀の剣の遣い方も含めて、神道夢想流杖の打太刀と仕太刀の別を明確にした形の稽古を行います。
従来の杖道に物足りなさを感じて居られる方は是非一度参加してみませんか。きっと満足されることと思います。
初心者も基礎から指導いたします。

【指導】
愛清会師範   濱地光男  石田博昭  冨田隆

【日時・会場 】 
平成27年9月13日(日)午前9時30分より午後5時00分  
名古屋市東スポーツセンター第二競技場

【参加資格】
真摯に神道夢想流杖を学びたい方なら、国籍・年齢・性別・経験は問いません。

【費用】
3000円

【主催】
神道夢想流杖 愛清會

【連絡先】
〒467-0827
名古屋市瑞穂区下坂町1-33
ミヅホビル二階
愛清會事務局
電話 052-871-8899


















 以 上


【 注 本稿の一切の無断掲載・転載・引用を禁止します 】





第1回 神道夢想流杖 清隆會 名古屋傳習會 (2005.4.30) 記録映像@ (太刀の遣い方)

●第1回 神道夢想流杖 清隆會 名古屋傳習會消息(平成17年4月30日・5月1日)

●第11回 神道夢想流杖 清隆會 名古屋傳習會消息(平成22年9月5日)





【 第19回 神道夢想流杖 愛清会 公開稽古会 ご案内 】 

清水隆次師範より免許皆伝を許された杖道界の長老・西岡常夫師範の杖術及びその理念を学ぶ稽古會を下記の要領で開催します。

【稽古内容】
西岡常夫師範が伝える神道夢想流杖術の基本 及び 形。
杖の操作における本手と逆手の遣い分け、本手打・逆手打・引落打における杖の筋(動線)についての理解と会得を中心に、打太刀の剣の遣い方も含めて、神道夢想流杖の打太刀と仕太刀の別を明確にした形の稽古を行います。
従来の杖道に物足りなさを感じて居られる方は是非一度参加してみませんか。きっと満足されることと思います。
初心者も基礎から指導いたします。

【指導】
愛清会師範   濱地光男  石田博昭  冨田隆

【日時・会場 】 
平成26年9月14日(日)午前9時30分より午後5時00分  
名古屋市中村スポーツセンター第二競技場

【参加資格】
真摯に神道夢想流杖を学びたい方なら、国籍・年齢・性別・経験は問いません。

【費用】
3000円

【主催】
神道夢想流杖 愛清会

【連絡先】
〒467-0827
名古屋市瑞穂区下坂町1-33
ミヅホビル二階
愛清会事務局
電話 052-871-8899