西岡常夫師範の杖を語る

                                                   石 田 博 昭

西岡常夫師範は、清水隆次先師が亡くなる前に「このままでは自分は唯の棒振りを作っただけとなる」「杖は生きて居る」「何とか生きた杖を伝えて欲しい」と語られたお言葉を継承すべく「清隆會」を結成し、齢80歳を越える今尚、身を以て後進のご指導に当られて居ます。
その先生のお人柄と杖について、私なりの所感をここに述べさせていただきます。

1、 は じ め に

昭和60年5月9日に濱地光一師範が帰幽され、生前何度か「若し、自分に何かあったら西岡に就け」と申されましたが、「先生は未だ70歳、ご尊父・天松翁は90歳まで生きられたのですから、まだまだ20年は大丈夫ですよ」とお答えして居りましたのは全くの不覚、かくも早くご他界されるのなら、あれもお聞きしておきたかった、これも習っておきたかったと後悔の念一入でした。
然し、先生が後事を託されるお方なら間違いは無いと考え、ご子息・濱地光男師範に御願いして、爾後の師として西岡常夫師範にご指導を御願い申し上げるに至りました。
又、それが濱地光一先師のご遺志に随うものであり、それ以外に道は無いと信ずるものであります。

ところが、西岡常夫師範に就いて暫らくすると、杖道界のいろいろな事情を耳にするようになりました。
最も大きな問題は西岡師範に対する誤解・中傷です。
「西岡は免許を持って居ない」「清水先生は西岡に免許など出さなかった」「西岡は五夢想を習って居ないから、免許皆伝ではない」「西岡の杖道の経歴にブランクの期間がある」「西岡に就いて居たら八段は通らんぞ」などと言うものでした。

然し、濱地先師が指名された方がそのような方とは思われず、只管、西岡師範を信じ、その杖と理念を学び・修め続けて現在に至って居ります。
幸い、平成9年に濱地光男師範より免許を戴き、西岡師範よりも五夢想を伝授され、免許皆伝者として流儀の末席を担う立場となりました。

この間、前述の問題に就いて西岡師範に率直にお尋ねし、諸点に就いて明確にお答えを戴きました。
一部巷間に噂される西岡師範に対する誤解・中傷は、何如に荒唐無稽なものかと言うことを、ここに先ず記して事実を確認致したいと思います。

@「西岡常夫師範は清水隆次先生から免許をもらって居ない」と言う誤解に対して

これに就いては、実際に西岡師範に清水隆次師範からの免許状を拝見させて戴きました。
間違いなく昭和47年4月に清水隆次師範から西岡常夫師範宛に発行されたものです。

西岡師範の免許状 

A『西岡常夫師範は免許皆伝ではない。五夢想を習って居ない』と言う誤解に対して

西岡師範は「昭和50年5月、京都にて清水隆次克泰先生・乙藤市蔵勝法先生のお二人から五夢想の杖五本〈秘伝〉を伝授され、免許皆伝を許される」と、そのご経歴にある如く、正式な免許皆伝者です。
ある人は「西岡はその場に居ただけだ。伝授は受けて居ない」などと申されて居るそうですが、凡そ武の世界に於いて、究極の技は「見せることは教えること」と言うのは常識であり、その場に居たことは教えられたことになると思います。
ましてや、免許を授けた者に対して同席を許すと言うことは、伝授したこととなるのは当然のことでしょう。
これは、乙藤市蔵師範と西岡常夫師範との往復の全書簡を拝見させて戴きましたが、確かに乙藤先生も認めて居られます。

清水隆次・乙藤市蔵師範より、五夢想を伝授された折の記念写真
後列左より、広井常次・米野光太郎・西岡常夫の各師範

実際に、西岡師範より五夢想を伝授されて見て、僭越ながら、これは間違いないとの感が致します。
この五夢想の杖と太刀の遣い方を心得てこそ、神道夢想流杖の正しい打太刀と仕杖を示すことが出来ると思います。

B『西岡常夫師範の杖歴に10数年のブランクの期間がある』と言う誤解に対して

西岡師範は、昭和13年に清水隆次師範に入門されましたが、ご修行の当初から常に清水隆次師範のみと稽古して居られました。
全剣連杖道(当初は全剣連制定形)制定当時も直接関与はして居られませんでしたので、そのような噂も流されたかとも思われますが、神道夢想流杖に関してブランクの期間は全くありません。
つまり、10数年のブランクがあると言って居る人は、全日本剣連連盟杖道に関してのことであり、神道夢想流杖に関しては当てはまらないと思います。
このことは、逆に全剣連杖道に影響されて居ない、純粋の神道夢想流杖の伝承者であることの証明にもなります。
又、範士八段を授与されながら、全日本剣道連盟から身を引かれたのも、全剣連杖道の変貌を憂い、清水師範の杖を教え、伝えんとの強い想いからとられた行動です。
更に、ブランク云々と言うことよりも、西岡師範の杖と剣の技量と境地が、現在如何なるものかと言うことの方が重要であり、この問題は本末転倒の偏見だと思います。
批判する前に一度、西岡師範の技を謙虚に学ぶべきでしょう。
将に「目から鱗が落ちる」真の杖道にめぐり会えるものと確信します。

では、次に西岡師範の神道夢想流杖について所感をのべさせて戴きます。

2、西岡常夫師範の杖を語る

@引落打について

西岡常夫師範は常々「自分はいつも清水隆次先生の杖がどうであったか。どう遣われたかを教え、伝えたいと願うのみである」と申されて居ますが、その西岡師範の遣われる杖は、現在の杖道界にあっては異色のものであり、或いは異端とも評価されて居ます。
然し、そのご存在は杖道界ならず武道界全体にとって、非常に貴重な宝とも言えるものなのではないでしょうか。

何故なら、その遣われる杖の打ち筋、太刀の太刀筋こそは、日本剣術の祖流・神道流剣術の太刀筋をみごとに伝えて居ると思われるからです。
この太刀筋は、今や現代の武道界において、凡そ忘れ去られてしまったのでは無いかとさえ思わせるものですが、それを将にそのまま生きた技として、神道流剣術・神道夢想流杖として体現して居られることにあります。

その第一の例が引落打です。

神道夢想流杖の形で、最後に打太刀が仕杖に対して正眼に構え、仕杖が杖で太刀を打つ形が多く有ります。
この動作は何を意味して居るのでしょうか。

初心の頃は、唯、太刀を思いっきり打ってぶっ飛ばす技だと思って居ましたが、正眼に構えた太刀を打つことは、相手が素人であれば可能でしょうが、少し遣い手ならば簡単に外されてしまうことは、殆どの方が経験されて居ることでしょう。

実際、私も二十代の頃、或る剣道の先生に、中段に構えた太刀を打つのは、このように直ぐ外れるよと、何度も外されました。
その時、先師・濱地師範に尋ねましたところ、「太刀を打つから外されるのだ」とのお答えを戴きましたが、何分にも未熟極まりない時代、その意味も分らず、太刀が構えた瞬間を狙って打てば良いなどと、疑問を抱きながらも稽古を続けて居りました。

西岡師範の見解は見事でした。

「構えた太刀を打つのではなく、打太刀の切り下ろす太刀を切り落として勝つことを示して居る。これは一刀流では切り落とし、新陰流では合し打ちと言って居る」との解説でした。

これは、古い神道夢想流杖の形は、最後に打太刀と仕杖が上段で切り結んで終わる形となって居たと聞いたことと相通ずるものであり、稽古用の木刀ではなく、真剣若しくは刃引きを使っての形ではこの様になるのは首肯出来ることであります。

現在、我々が行なう木刀を使っての形では、この切り落としの稽古として、刀の試し切りと同じく、正眼に構えた木刀を打つことにより、切り掛かって来た太刀を切り落とす修練をして居るのであるとの西岡師範の見解は、将に当を得て居ると申さざるを得ません。これで、私の長年の疑問も晴れました。

確かに、この一打こそ究極の一手、一刀流も新陰流も、そして神道流も、またあらゆる流儀も、この一手の修練こそ一大事とされて来たはずです。
故に、この一打をこそ現代の杖道人は身につけるべきものであると提言します。
これなくして、生きた杖はありえず、清水隆次師範の杖に至ることは出来ないものと確信します。

然し、この一打を会得するまでには大変な修練を要します。
私自身、西岡師範に何度も何度も修正をして戴き、修理固成すること20年、不熟ながらやっと身についた感がする程度です。

この打ちは引落打ばかりでなく、本手打・逆手打においても同じ打ちを行ないます。

そして、鹿島神宮に伝えられたとされる兵家帳中の祕伝『龍虎二巻』と共に伝えられる「一│十卍◯(いっこん・じゅう・まん・えん)」の口伝も将にこれを教えたものであり、これは又、日本神道の祕鍵『布斗麻邇御霊(ふとまにのみたま)』の武術的展開であると言うことが出来ます。

神道流流祖・飯篠長威齋は鞍馬の武芸者が香取・鹿島両社参拝の途次、試合を挑み、その中で師と仰ぐべく達人の帰路を待って教えを受け、修行惨憺の末、開悟され一流を立てられたと伝えられて居ますが、その元となったものは、鞍馬の武芸者から伝えられた鞍馬神伝の兵法であったろうと推測されます。

その鞍馬神伝の兵法とは、鬼一法眼が当時、牛若丸であった源九郎義経に伝授したとされるもので、天眞正伝・天眞伝・天眞兵法と言われる日本神道の祕伝の体現なのです。
このことに就いては、拙著『本朝武道論』にも述べてありますが、後ほど詳しく申し上げたいと思います。



鬼一法眼から源九郎義経に与えられた免状巻物(筆者蔵)

何れにしても、清水隆次先師の遺志を忠実に受け継ぎ、これを伝えんとされる西岡師範の技は、この神道流の太刀筋を正しく伝えるものであり、これなくしての神道夢想流杖はあり得ないと思われるのですが、如何でしょうか。

次に、その打ちの筋について述べてみたいと思います。


A打ちの筋について

「神道流の太刀筋とはどのようなものであるのか。」
この疑問に対する答えは、現在伝えられて居る神道流系の太刀筋をよく見てみることで知ることが出来ると考えました。
そして、自分自身でも新陰流(柳生厳周伝)・九鬼神流・法典流の剣を学び、更に天眞正伝香取神道流や馬庭念流・直神影流など古流の剣を見てみました。

その答えは「常に太刀の陰に隠れて技を行なう」ことにあると理解しました。
この過程で、伝承の途中で断絶して再復興した流儀はこれが失われて居ることや、この理が失伝したと思われる流儀が何如に多いかと言うことも痛感致しました。

この「常に太刀の陰に隠れて技を行なう」ことは、常に身命が懸かって居る実戦に当っては必須のことであり、これなくしては危なくて技を行なえるものではないと考えます。

現在、神道夢想流杖に併伝されて居る神道流剣術に於いても、この「常に太刀の陰に隠れて行なう」ことは当然であると思うのですが、そのように遣って居る方は寡聞にして西岡師範以外、見たことがありません。

このことから、神道夢想流杖の母胎である神道流剣術が現在既に本来のものからかなり隔たったものになって居る以上、その延長線上にある神道夢想流杖もまた同様であると思わざるを得ません。

では、どのような筋で行なうのが本来の太刀筋なのかを杖について考えてみたいと思います。

神道夢想流杖の打ちには、本手打ち、逆手打ち、引落打ちの三つがありますが、その動線は手の内の違いこそあれ(手の内については後述します)全て同じです。

例として、引落打ちについて西岡師範の動きを述べます。

引落しの構えです。
引落しの構えから杖を振り上げたところですが、体は正対し、左手は正中(大凡、乳の高さ)にあります。

杖は左手を中心に大凡45度傾斜して居ます。これが大切なところで、ここで杖を立ててしまうと杖の陰に隠れて打ちを行なうことが出来ず、単なる打つのみの動作になってしまいます。

ここからそのまま、45度に切下すように打ち下します。
杖先は相手の鼻先を必ず通ることが大切です。

体は45度左向き半身になって、杖は相手に30度位の角度で打ち込んで居ます。
この時、杖の陰にわが身が隠れつつ、杖先は晴眼(眉間)を攻めて居ます。

これにより、自己を杖で守りつつ、相手の太刀を払い、相手の体を崩し、相手の気を挫くことが出来ます。これを三挫きと云いますが、この三つを同時に崩すところに杖の妙味があります。

これは新陰流の合し打ち、一刀流の一文字の打ちと同じ理合いです。

この時、相手は完全に気・剣・体が崩されて居ます。


上の動作に続いてそのまま切下します。
その後、右足を出しながら、打った杖の動線をそのまま元に戻って右本手に構えます。

如何でしょうか。

本手打ち、逆手打ちも同じ動線を通ります。

この一見単純に見える打ちですが、西岡師範及びその教えを受けた方以外、これを行なって居る方は見当たりません。

この打ちこそ、清水隆次師範が伝えたかったものであると西岡師範は常に申されて居ます。

一般に行なわれて居る全剣連杖道は現代剣道(竹刀競技)の影響を少なからず(かなりかも)受けて居り、この動きを主として身につけた方の杖術は、神道夢想流杖を行なう時でも、形は同じ様に行なっても、その刃筋(杖も刃筋を意識して遣いますが、これに就いては後述します)が異なって居る為、かなり異質のものになって居る可能性があります。

実際、ある古流剣術家から神道夢想流杖を習ってみたが面白いところが無かったと云われた折、その理由を聞いて見たところ、動作の順番のみで、剣術に一番肝心な合し打ちや一文字の打ちの様な理合いが教えられて居ないことだと云われたことがあります。

西岡師範は常に、本手打ち、逆手打ち、引落し打ちが最も大切で、その合し打って勝つこと、これこそが杖の極意だと申されて居ますが、将にその通りであると思います。

そして、この「常に太刀の陰に隠れて技を行なう」





その打ちを西岡師範は見事に体現して居られます。
全く無駄な力が抜け、どこにも力みも無く、唯すらすらと行われる熟練の動きはまさしく米国人の或る門人がa saint(聖者)と賛嘆した程です。

その西岡師範の動きをよく見てみますと、肩甲骨と胸郭の開合の動きをごく自然に使われて居ることです。
神道夢想流杖64本の最後の形は「あうん」ですが、この「あうん」、つまり「あ(阿)」の開、と「うん(吽)」の合とを身をもって示して居られるとも云えます。
この西岡師範の動きは、単に打ちのみに留まらず、杖の全ての動作に於いて展開されて居ます。
返し突、逆手突、巻落し、繰り付け、繰り放し、体当り、突外し打ち、胴払い打ち、体外し打ちなど、基本技に於いても全て自然に肩甲骨と胸郭の開合が行われ、無理なく技を行なって居られるのは実に70年に亘る修錬の賜物と敬服せざるを得ません。
何と云っても現在の杖道界では最長老の師範です。心ある方は是非、西岡師範の動きを一度ご覧になり、謙虚にその教えを受けられることをお薦め致します。








続く